ブラザーとシャープの違い

複合機の不具合を、メーカーのホームページからサポートにメールを出した。
ついでにホームページをめくり、社長の経歴を見て、嬉しくなる。

ブラザー工業株式会社 代表取締役社長 小池利和氏は入社3年目にしてアメリカ小会社に出向。 以後、23年間BIC(USA)に勤め、2005年帰任。 2年後の2007年6月に社長に就任。

主力が海外での販売ではあるが、同様の企業でも、ある期間を海外勤務経験者が社長になるケースは多々ある。 しかし、こんなケースを私は知らない。
きっと、社内が海外支店・大阪支店も同じ感覚なんだろうと想像する。
案外と、企業概要に「製造拠点 日本○○工場」と記載されているのかな?。

輸出大国で有ろうとする日本。 その製造業の企業トップに、そのマーケットを熟知した者が就かねば商社にしてやられる。(戦後の、国・商社・企業が一丸となって進めた時期は終わった)

依然として、輸出企業でありながら国内組織を根回しできる者が社長就任。 が当たり前になっている。

我々が「もう、変わらなければ」と気付いた時は、既に「変わった状況」に置かれている。

ソニーに続く、一連の大手企業の大損失がその結果。
身近な例で言うと『シャープ』
「亀岡の成功」の中で「その同一延長に対して大型投資」 結果、生産能力は優位に立ったが・・・。 「堺の成功」とは成らなかった。日本を基点に世界を見ていたから?。

皮肉なことに、「製品は売れなかった」が「製品を造る工場は売れた」
台湾は、世界中を見ていたからから「買い得」が判った。
最新工場を人と技術もセットして。

「亀岡ブランド」の成功など、全てが上向き状態での、町田会長、片山社長の飛ぶ勢いで描いた決断。  社内で何処まで議論できたのだろう。
当たれば大きかったと思うが・・・。 まっ、傍観者で「言うは易し」

この躓きは、これでは終わらない気がしてしょうがない。
株主総会での総括はまだ権力の影響が感じられる。存続が危ぶなければ良いが心配だ。

改めて言う、「経営者は日本から世界を見てたら駄目。 世界から日本を見ること」

個人的には、堺工場建設に携わった時の率直な感想は、「仕事に夢」が感じられなかった。
「ざわつき」「奇声と気勢」「規制」「強制」「権力」そして「・・」の負の言葉が浮かぶ。
そんな組織に変わりゆく、又は 変わったと感じる自分が変わったのか。
この瞬間、組織から離れるを決断=定年退職を決めるきっかけ。

感謝






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